古着が好きでよく高円寺などビンテージショップを見て回ったりします。もともと学生時代(遥か彼方の昔ですが)に原宿のアパレルショップでアルバイト店員をしていた頃にご近所に古着ショップが何店舗かあり、それらショップの先輩方からビンテージの知られざる世界やレギュラー古着の面白さを教えられたことが自分の古着原点になっています。

個人的には資産価値の高いビンテージ(着られない?)よりも気軽に普段使い出来るレギュラー古着が好きなのですが、そんなレギュラー品でも例えば70年代や80年代に作られたワークウェアやアウトドアウェアは基本的な作りがしっかりしていて、ディテールも凝っているものが多く愛用率が高いです。
この品質がしっかりしている事ってプロダクトとして非常に大事な要素だと考えています。目的や用途により(たとえばラグジュアリーもの=アパレルの場合カシミヤやシルク素材のドレスアイテムなど)高額であっても耐久性が高くないものは多く存在します。一方で目的が日常使い、ハードユースを前提とした場合、品質=耐久性という認識になると思います。
そう考えるとワークウェアやアウトドアウェア、ミリタリーウェアが長い年月を経ても古着屋にしっかりと残っていて十分に着用に耐えるというのは必然なのかも知れません。

翻って自転車はどうでしょう?日常使いに一番近い位置にある車種はいわゆる「ママチャリ」だと思うのですが、非常に丁寧に作られている車体もありますがコストを重視するモノ造りが主流となっているカテゴリーだと思います。多くのママチャリは最小限のメンテナンスを前提に壊れにくいという造られ方がされていますが、逆に言えばメンテナンス性が悪いとも言えます。さらに修理やパーツ交換をするような事態となった場合、ケースによっては元の車体価格に近い出費を伴い、その場合は買い替え(廃車)の流れが主流なのでは?もし10年も愛用された(生き残った)ママチャリがあればそれはとても愛情を持って使われてきたことになるとも言えます。


私たちCICLOREの自転車はロングライフを実践できるスペックを基準として製造しています。それは先に述べた道具として耐久性がある、長く愛用できる「しっかりしている」事に価値があると信じているからです。
このスペックを具体的に述べるなら、高精度対応ラインでのフレーム製造、過去をオマージュしながらも時代を超えるデザイン、そして交換が必要となるパーツには必ず汎用規格を採用している点に表れています。ヘッド、BB、スルーアクスルなど各部が特殊規格ではいつかパーツ供給が途絶えてしまうかも知れないですからね。

近年、利便性やコスパやタイパという効率を重視する価値観がとても支配的だと感じています、AIの進化もまさに効率化の加速をもたらしている要素かも知れません。そしてユーザー、消費者が効率を求めると同時に販売者、製造者も効率は経営的に非常に重要な指標になっています、
この加速する流れの中で時間耐性のあるプロダクトに拘るのはスマートな姿勢では無いかも知れません。買い替えも促進できないですし(笑)

それでも私たちにはイメージがあります、例えば何十年後、私たちのブランドが既に過去のモノになっている時代にCICLOREの車体はそれでも街中で生き残っていて誰かに愛用されている状態を。
CICLOREオーナーは自転車を購入したのではなく、自転車の有る人生を手に入れたという事だと思っています。そしてこの消費の本質は永く愛用し「モノを育てていく」という理念に通じているのでは?誰かが大切に使ってきた自転車は将来誰かの手に渡り次のオーナーと共に新たに育てられていく。そんなアナログ的な大きなサイクルをイメージしています。
私たちが現在造っているのは未来のビンテージバイクなのかも知れません。
書いた人:トーキョーおじさん鈴木